ていたのを、三日ばかりで面白く読み了《おわ》った。ことに文学者たる自分の立場から見て、教授が何事によらず具体的の事実を土台として、類推《アナロジー》で哲学の領分に切り込んで行く所を面白く読み了った。余はあながちに弁証法《ダイアレクチック》を嫌《きら》うものではない。また妄《みだ》りに理知主義《インテレクチュアリズム》を厭《いと》いもしない。ただ自分の平生文学上に抱いている意見と、教授の哲学について主張するところの考とが、親しい気脈を通じて彼此相倚《ひしあいよ》るような心持がしたのを愉快に思ったのである。ことに教授が仏蘭西《フランス》の学者ベルグソンの説を紹介する辺《あた》りを、坂に車を転がすような勢《いきおい》で馳《か》け抜けたのは、まだ血液の充分に通いもせぬ余の頭に取って、どのくらい嬉しかったか分らない。余が教授の文章にいたく推服したのはこの時である。
今でも覚えている。一間《ひとま》おいて隣にいる東君《ひがしくん》をわざわざ枕元へ呼んで、ジェームスは実に能文家《のうぶんか》だと教えるように云って聞かした。その時東君は別にこれという明暸《めいりょう》な答をしなかったので、余は、君、
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