父の旅先まで汽車に乗って来たのである。
彼らの顔にはこの会見が最後かも知れぬと云う愁《うれい》の表情がまるでなかった。彼らは親子の哀別以上に無邪気な顔をもっていた。そうしていろいろ人のいる中に、三人特別な席に並んで坐らせられて、厳粛な空気にじっと行儀よく取りすます窮屈を、切なく感じているらしく思われた。
余はただ一瞥《いちべつ》の努力に彼らを見ただけであった。そうして病《やまい》を解し得ぬ可憐な小さいものを、わざわざ遠くまで引張り出して、殊勝《しゅしょう》に枕元に坐らせておくのをかえって残酷に思った。妻《さい》を呼んで、せっかく来たものだから、そこいらを見物させてやれと命じた。もしその時の余に、あるいはこれが親子の見納めになるかも知れないと云う懸念《けねん》があったならば、余はもう少ししみじみ彼らの姿を見守ったかも知れなかった。しかし余は医師や傍《はた》のものが余に対して抱いていたような危険を余の病の上に自《みずか》ら感じていなかったのである。
子供はじきに東京へ帰った。一週間ほどしてから、彼らは各々《めいめい》に見舞状を書いて、それを一つ封に入れて、余の宿に届けた。十二になる筆子《ふでこ》のは、四角な字を入れた整わない候文《そうろうぶん》で、「御祖母様《おばばさま》が雨がふっても風がふいても毎日毎日一日もかかさず御しゃか様へ御詣《おまいり》を遊ばす御百度《おひゃくど》をなされ御父様の御病気一日も早く御全快を祈り遊ばされまた高田の御伯母《おんおば》様どこかの御宮へか御詣り遊ばすとのことに御座候《ござそうろう》ふさ、きよみ、むめの三人の連中は毎日猫の墓へ水をとりかえ花を差し上げて早く御父様の全快を御祈りに居り候」とあった。十《とお》になる恒子《つねこ》のは尋常であった。八《やつ》になるえい子のは全く片仮名だけで書いてあった。字を埋《う》めて読みやすくすると、「御父様の御病気はいかがでございますか、私は無事に暮しておりますから御安心なさいませ。御父様も私の事を思わずに御病気を早く直して早く御帰りなさいませ。私は毎日休まずに学校へ行って居ります。また御母様によろしく」と云うのである。
余は日記の一|頁《ページ》を寝ながら割《さ》いて、それに、留守の中《うち》はおとなしく御祖母様《おばばさま》の云う事を聞かなくてはいけない、今についでのあった時|修善寺《しゅぜんじ》
前へ
次へ
全72ページ中54ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング