。葉の數を勘定して見たら、凡《すべ》てゞやつと九枚あつた。夫《それ》に周圍が白いのと、表裝の絹地が寒い藍なので、どう眺めても冷たい心持が襲つて來てならない。
 子規は此|簡單《かんたん》な草花を描《ゑが》くために、非常な努力を惜しまなかつた樣に見える。僅か三莖《みくき》の花に、少くとも五六時間の手間《てま》を掛けて、何處から何處迄丹念に塗り上げてゐる。是程の骨折は、たゞに病中の根氣仕事として餘程の決心を要するのみならず、如何にも無雜作に俳句や歌を作り上げる彼の性情から云つても、明かな矛盾である。思ふに畫と云ふ事に初心《しよしん》な彼は當時繪畫に於ける寫生の必要を不折《ふせつ》などから聞いて、それを一草一花の上にも實行しやうと企《くはだ》てながら、彼が俳句の上で既に悟入した同一方法を、此方面に向つて適用する事を忘れたか、又は適用する腕がなかつたのであらう。
 東菊《あづまぎく》によつて代表された子規の畫は、拙《まづ》くて且《かつ》眞面目である。才を呵《か》して直ちに章をなす彼の文筆が、繪の具皿に浸《ひたる》ると同時に、忽ち堅くなつて、穂先の運行がねつとり竦《すく》んで仕舞つたのかと思ふと
前へ 次へ
全5ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング