と思つた子規の手紙も幾通か出て來た。余は其中《そのうち》から子規が余に宛てゝ寄こした最後のものと、夫《それ》から年月の分らない短いものとを選び出して、其中間に例の畫を挾んで、三を一纒《ひとまと》めに表裝させた。
 畫は一輪花瓶《いちりんざし》に※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]した東菊《あづまぎく》で、圖柄《づがら》としては極めて單簡《たんかん》な者である。傍《わき》に「是は萎《しぼ》み掛《か》けた所と思ひ玉へ。下手《まづ》いのは病氣の所爲《せゐ》だと思ひ玉へ。嘘だと思はゞ肱を突いて描《か》いて見玉へ」といふ註釋が加へてある所を以て見ると、自分でもさう旨いとは考へて居なかつたのだらう。子規が此畫を描《か》いた時は、余はもう東京には居なかつた。彼は此畫に、東菊《あづまぎく》活けて置きけり火の國に住みける君の歸り來るがねと云ふ一首の歌を添へて、熊本迄送つて來たのである。
 壁に懸けて眺めて見ると如何にも淋《さび》しい感じがする。色は花と莖と葉と硝子《ガラス》の瓶とを合せて僅に三色《みいろ》しか使つてない。花は開いたのが一輪に蕾《つぼみ》が二つだけである
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