るので、二人ともその気になって門をくぐって、藪《やぶ》の下を通って古い池のそばまで来ると、番人が出てきて、たいへん三人をしかりつけた。その時与次郎はへいへいと言って番人にあやまった。
それから谷中《やなか》へ出て、根津《ねづ》を回って、夕方に本郷の下宿へ帰った。三四郎は近来にない気楽な半日を暮らしたように感じた。
翌日学校へ出てみると与次郎がいない。昼から来るかと思ったが来ない。図書館へもはいったがやっぱり見当らなかった。五時から六時まで純文科共通の講義がある。三四郎はこれへ出た。筆記するには暗すぎる。電燈がつくには早すぎる。細長い窓の外に見える大きな欅《けやき》の枝の奥が、次第に黒くなる時分だから、部屋《へや》の中は講師の顔も聴講生の顔も等しくぼんやりしている。したがって暗闇《くらやみ》で饅頭《まんじゅう》を食うように、なんとなく神秘的である。三四郎は講義がわからないところが妙だと思った。頬杖《ほおづえ》を突いて聞いていると、神経がにぶくなって、気が遠くなる。これでこそ講義の価値があるような心持ちがする。ところへ電燈がぱっとついて、万事がやや明瞭《めいりょう》になった。すると急に
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