ならしをした上に、青ペンキ塗りの西洋館を建てている。広田先生は寺とペンキ塗りを等分に見ていた。
「時代錯誤《アナクロニズム》だ。日本の物質界も精神界もこのとおりだ。君、九段の燈明台を知っているだろう」とまた燈明台が出た。「あれは古いもので、江戸名所図会《えどめいしょずえ》に出ている」
「先生冗談言っちゃいけません。なんぼ九段の燈明台が古いたって、江戸名所図会に出ちゃたいへんだ」
広田先生は笑い出した。じつは東京名所という錦絵《にしきえ》の間違いだということがわかった。先生の説によると、こんなに古い燈台が、まだ残っているそばに、偕行社《かいこうしゃ》という新式の煉瓦《れんが》作りができた。二つ並べて見るとじつにばかげている。けれどもだれも気がつかない、平気でいる。これが日本の社会を代表しているんだと言う。
与次郎も三四郎もなるほどと言ったまま、お寺の前を通り越して、五、六町来ると、大きな黒い門がある。与次郎が、ここを抜けて道灌山《どうかんやま》へ出ようと言い出した。抜けてもいいのかと念を押すと、なにこれは佐竹《さたけ》の下屋敷《しもやしき》で、だれでも通れるんだからかまわないと主張す
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