声を出した。
「先生先生」
先生は依然として、何かかいている。どうも燈明台《とうみょうだい》のようである。返事をしないので、与次郎はしかたなしに出て来た。
「先生ちょっと見てごらんなさい。いい家《うち》だ。この植木屋で持ってるんです。門をあけさせてもいいが、裏から回ったほうが早い」
三人は裏から回った。雨戸をあけて、一間一間《ひとまひとま》見て歩いた。中流の人が住んで恥ずかしくないようにできている。家賃が四十円で、敷金が三か月分だという。三人はまた表へ出た。
「なんで、あんなりっぱな家を見るのだ」と広田さんが言う。
「なんで見るって、ただ見るだけだからいいじゃありませんか」と与次郎は言う。
「借りもしないのに……」
「なに借りるつもりでいたんです。ところが家賃をどうしても二十五円にしようと言わない……」
広田先生は「あたりまえさ」と言ったぎりである。すると与次郎が石の門の歴史を話し出した。このあいだまである出入りの屋敷の入口にあったのを、改築のときもらってきて、すぐあすこへ立てたのだと言う。与次郎だけに妙な事を研究してきた。
それから三人はもとの大通りへ出て、動坂《どうざか》か
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