ら田端《たばた》の谷へ降りたが、降りた時分には三人ともただ歩いている。貸家の事は[#「貸家の事は」は底本では「貸家は事は」]みんな忘れてしまった。ひとり与次郎が時々石の門のことを言う。麹町《こうじまち》からあれを千駄木まで引いてくるのに、手間が五円ほどかかったなどと言う。あの植木屋はだいぶ金持ちらしいなどとも言う。あすこへ四十円の貸家を建てて、ぜんたいだれが借りるだろうなどとよけいなことまで言う。ついには、いまに借手がなくなってきっと家賃を下げるに違いないから、その時もう一ぺん談判してぜひ借りようじゃありませんかという結論であった。広田先生はべつに、そういう了見もないとみえて、こう言った。
「君が、あんまりよけいな話ばかりしているものだから、時間がかかってしかたがない。いいかげんにして出てくるものだ」
「よほど長くかかりましたか。何か絵をかいていましたね。先生もずいぶんのん気だな」
「どっちがのんきかわかりゃしない」
「ありゃなんの絵です」
先生は黙っている。その時三四郎がまじめな顔をして、
「燈台じゃないですか」と聞いた。かき手と与次郎は笑い出した。
「燈台は奇抜だな。じゃ野々宮宗
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