おがわ》三四郎二十三年学生と正直に書いたが、女のところへいってまったく困ってしまった。湯から出るまで待っていればよかったと思ったが、しかたがない。下女がちゃんと控えている。やむをえず同県同郡同村同姓|花《はな》二十三年とでたらめを書いて渡した。そうしてしきりに団扇《うちわ》を使っていた。
 やがて女は帰って来た。「どうも、失礼いたしました」と言っている。三四郎は「いいや」と答えた。
 三四郎は鞄の中から帳面を取り出して日記をつけだした。書く事も何もない。女がいなければ書く事がたくさんあるように思われた。すると女は「ちょいと出てまいります」と言って部屋《へや》を出ていった。三四郎はますます日記が書けなくなった。どこへ行ったんだろうと考え出した。
 そこへ下女が床《とこ》をのべに来る。広い蒲団を一枚しか持って来ないから、床は二つ敷かなくてはいけないと言うと、部屋が狭いとか、蚊帳《かや》が狭いとか言ってらちがあかない。めんどうがるようにもみえる。しまいにはただいま番頭がちょっと出ましたから、帰ったら聞いて持ってまいりましょうと言って、頑固《がんこ》に一枚の蒲団を蚊帳いっぱいに敷いて出て行った
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