女が茶を持って来て、お風呂《ふろ》をと言った時は、もうこの婦人は自分の連れではないと断るだけの勇気が出なかった。そこで手ぬぐいをぶら下げて、お先へと挨拶《あいさつ》をして、風呂場へ出て行った。風呂場は廊下の突き当りで便所の隣にあった。薄暗くって、だいぶ不潔のようである。三四郎は着物を脱いで、風呂桶《ふろおけ》の中へ飛び込んで、少し考えた。こいつはやっかいだとじゃぶじゃぶやっていると、廊下に足音がする。だれか便所へはいった様子である。やがて出て来た。手を洗う。それが済んだら、ぎいと風呂場の戸を半分あけた。例の女が入口から、「ちいと流しましょうか」と聞いた。三四郎は大きな声で、
「いえ、たくさんです」と断った。しかし女は出ていかない。かえってはいって来た。そうして帯を解きだした。三四郎といっしょに湯を使う気とみえる。べつに恥かしい様子も見えない。三四郎はたちまち湯槽《ゆぶね》を飛び出した。そこそこにからだをふいて座敷へ帰って、座蒲団《ざぶとん》の上にすわって、少なからず驚いていると、下女が宿帳を持って来た。
三四郎は宿帳を取り上げて、福岡県|京都郡《みやこぐん》真崎村《まさきむら》小川《
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