。
それから、しばらくすると女が帰って来た。どうもおそくなりましてと言う。蚊帳の影で何かしているうちに、がらんがらんという音がした。子供にみやげの玩具が鳴ったに違いない。女はやがて風呂敷包みをもとのとおりに結んだとみえる。蚊帳の向こうで「お先へ」と言う声がした。三四郎はただ「はあ」と答えたままで、敷居に尻《しり》を乗せて、団扇を使っていた。いっそこのままで夜を明かしてしまおうかとも思った。けれども蚊《か》がぶんぶん来る。外ではとてもしのぎきれない。三四郎はついと立って、鞄の中から、キャラコのシャツとズボン下を出して、それを素肌《すはだ》へ着けて、その上から紺《こん》の兵児帯《へこおび》を締めた。それから西洋手拭《タウエル》を二筋《ふたすじ》持ったまま蚊帳の中へはいった。女は蒲団の向こうのすみでまだ団扇を動かしている。
「失礼ですが、私は癇症《かんしょう》でひとの蒲団に寝るのがいやだから……少し蚤《のみ》よけの工夫をやるから御免なさい」
三四郎はこんなことを言って、あらかじめ、敷いてある敷布《シート》の余っている端《はじ》を女の寝ている方へ向けてぐるぐる巻きだした。そうして蒲団のまん
前へ
次へ
全364ページ中11ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング