坐《すわ》った。そうして苦《にが》い顔をしながら、医者に騙《だま》されて来て見たと云った。医者に騙されたという彼は、固《もと》より余を騙すつもりでこういう言葉を発したのである。彼の死ぬ時には、こういう言葉を考える余地すら余に与えられなかった。枕辺に坐って目礼をする一分時《いっぷんじ》さえ許されなかった。余はただその晩の夜半《やはん》に彼の死顔《しにがお》を一目見ただけである。
その夜は吹荒《ふきす》さむ生温《なまぬる》い風の中に、夜着の数を減《へ》して、常よりは早く床についたが、容易に寝つかれない晩であった。締《しま》りをした門《かど》を揺り動かして、使いのものが、余を驚かすべく池辺君の訃《ふ》をもたらしたのは十一時過であった。余はすぐに白い毛布《けっと》の中から出て服を改めた。車に乗るとき曇《どん》よりした不愉快な空を仰いで、風の吹く中へ車夫を駈《か》けさした。路は歯の廻らないほど泥濘《ぬか》っているので、車夫のはあはあいう息遣《いきづかい》が、風に攫《さら》われて行く途中で、折々余の耳を掠《かす》めた。不断なら月の差すべき夜《よ》と見えて、空を蔽《おお》う気味の悪い灰色の雲が、明
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