三山居士
夏目漱石
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)生暖《なまあた》たかい
|:ルビの付いていない漢字とルビの付く漢字の境の記号
(例)余が池辺|邸《てい》に着くまで
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二月二十八日には生暖《なまあた》たかい風が朝から吹いた。その風が土の上を渡る時、地面は一度に濡《ぬ》れ尽くした。外を歩くと自分の踏む足の下から、熱に冒《おか》された病人の呼息《いき》のようなものが、下駄《げた》の歯に蹴返《けかえ》されるごとに、行く人の眼鼻口を悩ますべく、風のために吹き上げられる気色《けしき》に見えた。家へ帰って護謨合羽《ゴムがっぱ》を脱ぐと、肩当《かたあて》の裏側がいつの間《ま》にか濡《ぬ》れて、電灯の光に露《つゆ》のような光を投げ返した。不思議だからまた羽織を脱ぐと、同じ場所が大きく二カ所ほど汗で染め抜かれていた。余はその下に綿入《わたいれ》を重ねた上、フラネルの襦袢《じゅばん》と毛織の襯衣《シャツ》を着ていたのだから、いくら不愉快な夕暮でも、肌に煮染《にじ》んだ汗の珠《たま》がここまで浸み出そうとは思えなかった。試《ここ》ろみに綿入の背中を撫《な》で廻し
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