て貰《もら》うと、はたしてどこも湿《しめ》っていなかった。余はどうして一番上に着た護謨合羽と羽織だけが、これほど烈《はげ》しく濡れたのだろうかと考えて、私《ひそ》かに不審を抱いた。
池辺《いけべ》君の容体《ようだい》が突然変ったのは、その日の十時半頃からで、一時は注射の利目《ききめ》が見えるくらい、落ちつきかけたのだそうである。それが午過《ひるすぎ》になってまただんだん険悪に陥《おちい》ったあげく、とうとう絶望の状態まで進んで来た時は、余が毎日の日課として筆を執《と》りつつある「彼岸過迄《ひがんすぎまで》」をようやく書き上げたと同じ刻限である。池辺君が胸部に末期《まつご》の苦痛を感じて膏汗《あぶらあせ》を流しながらもがいている間、余は池辺君に対して何らの顧慮も心配も払う事ができなかったのは、君の朋友《ほうゆう》として、朋友にあるまじき無頓着《むとんじゃく》な心持を抱《いだ》いていたと云う点において、いかにも残念な気がする。余が修善寺《しゅぜんじ》で生死の間に迷うほどの心細い病み方をしていた時、池辺君は例《いつも》の通りの長大な躯幹《からだ》を東京から運んで来て、余の枕辺《まくらべ》に
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