らさまに東から西へ大きな幅の広い帯を二筋ばかり渡していた。その間が白く曇って左右の鼠《ねずみ》をかえって浮き出すように彩《いろど》った具合がことさらに凄《すご》かった。余が池辺|邸《てい》に着くまで空の雲は死んだようにまるで動かなかった。
二階へ上《あが》って、しばらく社のものと話した後《あと》、余は口の利けない池辺君に最後の挨拶《あいさつ》をするために、階下の室《へや》へ下りて行った。そこには一人の僧が経を読んでいた。女が三四人次の間に黙って控えていた。遺骸《いがい》は白い布《ぬの》で包んでその上に池辺君の平生《ふだん》着たらしい黒紋付《くろもんつき》が掛けてあった。顔も白い晒《さら》しで隠してあった。余が枕辺近く寄って、その晒しを取《と》り除《の》けた時、僧は読経《どきょう》の声をぴたりと止《と》めた。夜半《やはん》の灯《ひ》に透《す》かして見た池辺君の顔は、常と何の変る事もなかった。刈り込んだ髯《ひげ》に交る白髪《しらが》が、忘るべからざる彼の特徴のごとくに余の眼を射た。ただ血の漲《みな》ぎらない両頬の蒼褪《あおざ》めた色が、冷たそうな無常の感じを余の胸に刻《きざ》んだだけであ
前へ
次へ
全6ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング