》まったと云わねばならぬ。万歳がとまると共に胸の中《うち》に名状しがたい波動が込み上げて来て、両眼から二雫《ふたしずく》ばかり涙が落ちた。
 将軍は生れ落ちてから色の黒い男かも知れぬ。しかし遼東《りょうとう》の風に吹かれ、奉天の雨に打たれ、沙河《しゃか》の日に射《い》り付けられれば大抵なものは黒くなる。地体《じたい》黒いものはなお黒くなる。髯《ひげ》もその通りである。出征してから白銀《しろがね》の筋は幾本も殖《ふ》えたであろう。今日始めて見る我らの眼には、昔の将軍と今の将軍を比較する材料がない。しかし指を折って日夜に待《まち》佗《わ》びた夫人令嬢が見たならば定めし驚くだろう。戦《いくさ》は人を殺すかさなくば人を老いしむるものである。将軍はすこぶる瘠《や》せていた。これも苦労のためかも知れん。して見ると将軍の身体中《からだじゅう》で出征|前《ぜん》と変らぬのは身の丈《たけ》くらいなものであろう。余のごときは黄巻青帙《こうかんせいちつ》の間《あいだ》に起臥《きが》して書斎以外にいかなる出来事が起るか知らんでも済む天下の逸民《いつみん》である。平生戦争の事は新聞で読まんでもない、またその状況
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