で評したのは、こっちが悪《わ》るいのだ。なるほどこんな女がいるなら、親の身として一日でも添わしてやりたいだろう。御母さんが嫁がいたらいたらと云うのを今まで誤解して全く自分の淋しいのをまぎらすためとばかり解釈していたのは余の眼識の足らなかったところだ。あれは自分の我儘で云う言葉ではない。可愛い息子を戦死する前に、半月でも思い通りにさせてやりたかったと云う謎《なぞ》なのだ。なるほど男は呑気《のんき》なものだ。しかし知らん事なら仕方がない。それは先《ま》ずよしとして元来|寂光院《じゃっこういん》がこの女なのか、あるいはあれは全く別物で、浩さんの郵便局で逢ったと云うのはほかの女なのか、これが疑問である。この疑問はまだ断定出来ない。これだけの材料でそう早く結論に高飛びはやりかねる。やりかねるが少しは想像を容《い》れる余地もなくては、すべての判断はやれるものではない。浩さんが郵便局であの女に逢ったとする。郵便局へ遊びに行く訳はないから、切手を買うか、為替《かわせ》を出すか取るかしたに相違ない。浩さんが切手を手紙へ貼《は》る時に傍《そば》にいたあの女が、どう云う拍子《ひょうし》かで差出人の宿所姓名を
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