ゅう》とも称すべき代物《しろもの》に化していた。人間もその日その日で色々になる。悪人になった翌日は善男に変じ、小人の昼の後《のち》に君子の夜がくる。あの男の性格はなどと手にとったように吹聴《ふいちょう》する先生があるがあれは利口の馬鹿と云うものでその日その日の自己を研究する能力さえないから、こんな傍若無人《ぼうじゃくぶじん》の囈語《げいご》を吐いて独《ひと》りで恐悦《きょうえつ》がるのである。探偵ほど劣等な家業はまたとあるまいと自分にも思い、人にも宣言して憚《はば》からなかった自分が、純然たる探偵的態度をもって事物に対するに至ったのは、すこぶるあきれ返った現象である。ちょっと言い淀《よど》んだ御母《おっか》さんは、思い切った口調で
「その事について浩一は何かあなたに御話をした事は御座いませんか」
「嫁の事ですか」
「ええ、誰か自分の好いたものがあるような事を」
「いいえ」と答えたが、実はこの問こそ、こっちから御母さんに向って聞いて見なければならん問題であった。
「御叔母《おば》さんには何か話しましたろう」
「いいえ」
望の綱はこれぎり切れた。仕方がないからまた眼を庭の方へ転ずると、四
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