ませず。それに人の子にはやはり遠慮勝ちで……せがれに嫁でも貰って置いたら、こんな時にはさぞ心丈夫だろうと思います。ほんに残念な事をしました」
そら娶《よめ》が出た。くるたびによめが出ない事はない。年頃の息子《むすこ》に嫁を持たせたいと云うのは親の情《じょう》としてさもあるべき事だが、死んだ子に娶を迎えて置かなかったのをも残念がるのは少々|平仄《ひょうそく》が合わない。人情はこんなものか知らん。まだ年寄になって見ないから分らないがどうも一般の常識から云うと少し間違っているようだ。それは一人で侘《わび》しく暮らすより気に入った嫁の世話になる方が誰だって頼《たよ》りが多かろう。しかし嫁の身になっても見るがいい。結婚して半年《はんとし》も立たないうちに夫《おっと》は出征する。ようやく戦争が済んだと思うと、いつの間《ま》にか戦死している。二十《はたち》を越すか越さないのに、姑《しゅうと》と二人暮しで一生を終る。こんな残酷な事があるものか。御母さんの云うところは老人の立場から云えば無理もない訴《うったえ》だが、しかし随分|我儘《わがまま》な願だ。年寄はこれだからいかぬと、内心はすこぶる不平であっ
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