》の気味で五六日伏せっておりましたものですから、ついつい仏へ無沙汰を致しまして。――うちにおっても忘れる間《ま》はないのですけれども――年をとりますと、御湯に行くのも退儀《たいぎ》になりましてね」
「時々は少し表をあるく方が薬ですよ。近頃はいい時候ですから……」
「御親切にありがとう存じます。親戚のものなども心配して色々云ってくれますが、どうもあなた何分《なにぶん》元気がないものですから、それにこんな婆さんを態々《わざわざ》連れてあるいてくれるものもありませず」
 こうなると余はいつでも言句に窮する。どう云って切り抜けていいか見当がつかない。仕方がないから「はああ」と長く引っ張ったが、御母《おっか》さんは少々不平の気味である。さあしまったと思ったが別に片附けようもないから、梅の木をあちらこちら飛び歩るいている四十雀《しじゅうから》を眺《なが》めていた。御母さんも話の腰を折られて無言である。
「御親類の若い御嬢さんでもあると、こんな時には御相手にいいですがね」と云いながら不調法《ぶちょうほう》なる余にしては天晴《あっぱれ》な出来だと自分で感心して見せた。
「生憎《あいにく》そんな娘もおり
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