う》の黄葉《こうよう》は淋《さみ》しい。まして化《ば》けるとあるからなお淋《さみ》しい。しかしこの女が化銀杏《ばけいちょう》の下に横顔を向けて佇《たたず》んだときは、銀杏の精が幹から抜け出したと思われるくらい淋しかった。上野の音楽会でなければ釣り合わぬ服装をして、帝国ホテルの夜会にでも招待されそうなこの女が、なぜかくのごとく四辺の光景と映帯《えいたい》して索寞《さくばく》の観を添えるのか。これも諷語《ふうご》だからだ。マクベスの門番が怖《おそろ》しければ寂光院のこの女も淋しくなくてはならん。
 御墓を見ると花筒に菊がさしてある。垣根に咲く豆菊の色は白いものばかりである。これも今の女のせいに相違ない。家《うち》から折って来たものか、途中で買って来たものか分らん。もしや名刺でも括《くく》りつけてはないかと葉裏まで覗《のぞ》いて見たが何もない。全体何物だろう。余は高等学校時代から浩さんとは親しい付き合いの一人であった。うちへはよく泊りに行って浩さんの親類は大抵知っている。しかし指を折ってあれこれと順々に勘定して見ても、こんな女は思い出せない。すると他人か知らん。浩さんは人好きのする性質で、交
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