のカッポレと全然同格である。マクベスの門番が解けたら寂光院《じゃっこういん》の美人も解けるはずだ。
 百花の王をもって許す牡丹《ぼたん》さえ崩《くず》れるときは、富貴の色もただ好事家《こうずか》の憐れを買うに足らぬほど脆《もろ》いものだ。美人薄命と云う諺《ことわざ》もあるくらいだからこの女の寿命も容易に保険はつけられない。しかし妙齢の娘は概して活気に充《み》ちている。前途の希望に照らされて、見るからに陽気な心持のするものだ。のみならず友染《ゆうぜん》とか、繻珍《しゅちん》とか、ぱっとした色気のものに包まっているから、横から見ても縦から見ても派出《はで》である立派である、春景色《はるげしき》である。その一人が――最も美くしきその一人が寂光院の墓場の中に立った。浮かない、古臭い、沈静な四顧の景物の中に立った。するとその愛らしき眼、そのはなやかな袖《そで》が忽然《こつぜん》と本来の面目を変じて蕭条《しょうじょう》たる周囲に流れ込んで、境内寂寞《けいだいじゃくまく》の感を一層深からしめた。天下に墓ほど落ついたものはない。しかしこの女が墓の前に延び上がった時は墓よりも落ちついていた。銀杏《いちょ
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