の念を余が頭に与えた。すべての対照は大抵この二つの結果よりほかには何も生ぜぬ者である。在来の鋭どき感じを削《けず》って鈍くするか、または新たに視界に現わるる物象を平時よりは明瞭《めいりょう》に脳裏《のうり》に印し去るか、これが普通吾人の予期する対照である。ところが今|睹《み》た対象は毫《ごう》もそんな感じを引き起さなかった。相除《そうじょ》の対照でもなければ相乗《そうじょう》の対照でもない。古い、淋《さび》しい、消極的な心の状態が減じた景色《けしき》はさらにない、と云ってこの美くしい綺羅《きら》を飾った女の容姿が、音楽会や、園遊会で逢《あ》うよりは一《ひ》と際《きわ》目立って見えたと云う訳でもない。余が寂光院《じゃっこういん》の門を潜《くぐ》って得た情緒《じょうしょ》は、浮世を歩む年齢が逆行して父母未生《ふもみしょう》以前に溯《さかのぼ》ったと思うくらい、古い、物寂《ものさ》びた、憐れの多い、捕えるほど確《しか》とした痕迹《こんせき》もなきまで、淡く消極的な情緒である。この情緒は藪《やぶ》を後《うし》ろにすっくりと立った女の上に、余の眼が注《そそ》がれた時に毫《ごう》も矛盾の感を与えな
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