縞柄《しまがら》だの品物などは余のような無風流漢には残念ながら記述出来んが、色合だけはたしかに華《はな》やかな者だ。こんな物寂《ものさ》びた境内《けいだい》に一分たりともいるべき性質のものでない。いるとすればどこからか戸迷《とまどい》をして紛《まぎ》れ込んで来たに相違ない。三越陳列場の断片を切り抜いて落柿舎《らくししゃ》の物干竿《ものほしざお》へかけたようなものだ。対照の極とはこれであろう。――女は化銀杏の下から斜めに振り返って余が詣《まい》る墓のありかを確かめて行きたいと云う風に見えたが、生憎《あいにく》余の方でも女に不審があるので石段の上から眺《なが》め返したから、思い切って本堂の方へ曲った。銀杏はひらひらと降って、黒い地を隠す。
 余は女の後姿を見送って不思議な対照だと考えた。昔《むか》し住吉の祠《やしろ》で芸者を見た事がある。その時は時雨《しぐれ》の中に立ち尽す島田姿が常よりは妍《あで》やかに余が瞳《ひとみ》を照らした。箱根の大地獄で二八余《にはちあま》りの西洋人に遇《あ》った事がある。その折は十丈も煮え騰《あが》る湯煙りの凄《すさま》じき光景が、しばらくは和《やわ》らいで安慰
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