頃出来たものか確《しか》とは知らぬが、何でも浩さんの御父《おとっ》さんが這入り、御爺《おじい》さんも這入り、そのまた御爺さんも這入ったとあるからけっして新らしい墓とは申されない。古い代りには形勝《けいしょう》の地を占めている。隣り寺を境に一段高くなった土手の上に三坪ほどな平地《へいち》があって石段を二つ踏んで行《い》き当《あた》りの真中にあるのが、御爺さんも御父さんも浩さんも同居して眠っている河上家代々之墓である。極《きわ》めて分《わか》りやすい。化銀杏を通り越して一筋道を北へ二十間歩けばよい。余は馴れた所だから例のごとく例の路《みち》をたどって半分ほど来て、ふと何の気なしに眼をあげて自分の詣《まい》るべき墓の方を見た。
見ると! もう来ている。誰だか分らないが後《うし》ろ向《むき》になってしきりに合掌している様子だ。はてな。誰だろう。誰だか分りようはないが、遠くから見ても男でないだけは分る。恰好《かっこう》から云ってもたしかに女だ。女なら御母《おっか》さんか知らん。余は無頓着《むとんじゃく》の性質で女の服装などはいっこう不案内だが、御母さんは大抵|黒繻子《くろじゅす》の帯をしめてい
前へ
次へ
全92ページ中42ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング