化するのみならず、時には思いも寄らぬ結果を呈出して熱湯とまで沸騰《ふっとう》する事がある。これでは慰めに行ったのか怒らせに行ったのか先方でも了解に苦しむだろう。行きさえしなければ薬も盛らん代りに毒も進めぬ訳だから危険はない。訪問はいずれその内として、まず今日は見合せよう。
訪問は見合せる事にしたが、昨日《きのう》の新橋事件を思い出すと、どうも浩さんの事が気に掛ってならない。何らかの手段で親友を弔《とむら》ってやらねばならん。悼亡《とうぼう》の句などは出来る柄《がら》でない。文才があれば平生の交際をそのまま記述して雑誌にでも投書するがこの筆ではそれも駄目と。何かないかな? うむあるある寺参りだ。浩さんは松樹山《しょうじゅざん》の塹壕《ざんごう》からまだ上《あが》って来ないがその紀念の遺髪は遥《はる》かの海を渡って駒込の寂光院《じゃっこういん》に埋葬された。ここへ行って御参りをしてきようと西片町《にしかたまち》の吾家《わがや》を出る。
冬の取《と》っ付《つ》きである。小春《こはる》と云えば名前を聞いてさえ熟柿《じゅくし》のようないい心持になる。ことに今年《ことし》はいつになく暖かなので
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