んが承諾する――否《いな》先方から依頼する以上は無論興味のある仕事に相違ない。だから御母さんに読んでくれと云われたときは大に乗気になってそれは是非見せてちょうだいとまで云おうと思ったが、この上また日記で泣かれるような事があっては大変だ。とうてい余の手際《てぎわ》では切り抜ける訳には行かぬ。ことに時刻を限ってある人と面会の約束をした刻限も逼《せま》っているから、これは追って改めて上がって緩々《ゆるゆる》拝見を致す事に願いましょうと逃げ出したくらいである。以上の理由で訪問はちと辟易《へきえき》の体《てい》である。もっとも日記は読みたくない事もない。泣かれるのも少しなら厭《いや》とは云わない。元々木や石で出来上ったと云う訳ではないから人の不幸に対して一滴の同情くらいは優《ゆう》に表し得る男であるがいかんせん性来《しょうらい》余り口の製造に念が入《い》っておらんので応対に窮する。御母さんがまああなた聞いて下さいましと啜《すす》り上げてくると、何と受けていいか分らない。それを無理矢理に体裁《ていさい》を繕《つく》ろって半間《はんま》に調子を合せようとするとせっかくの慰藉《いしゃ》的好意が水泡と変
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