底だと見当をつけて一心に見守る。夕立を遠くから望むように密に蔽《おお》い重なる濃き者は、烈《はげ》しき風の捲返《まきかえ》してすくい去ろうと焦《あせ》る中に依然として凝《こ》り固って動かぬ。約二分間は眼をいくら擦《こす》っても盲目《めくら》同然どうする事も出来ない。しかしこの煙りが晴れたら――もしこの煙りが散り尽したら、きっと見えるに違ない。浩さんの旗が壕の向側《むこうがわ》に日を射返して耀《かがや》き渡って見えるに違ない。否《いな》向側を登りつくしてあの高く見える※[#「土へん+楪のつくり」、第4水準2−4−94]《ひめがき》の上に翩々《へんぺん》と翻《ひるがえ》っているに違ない。ほかの人ならとにかく浩さんだから、そのくらいの事は必ずあるにきまっている。早く煙が晴れればいい。なぜ晴れんだろう。
占《し》めた。敵塁の右の端《はじ》の突角の所が朧気《おぼろげ》に見え出した。中央の厚く築き上げた石壁《せきへき》も見え出した。しかし人影はない。はてな、もうあすこらに旗が動いているはずだが、どうしたのだろう。それでは壁の下の土手の中頃にいるに相違ない。煙は拭《ぬぐ》うがごとく一掃《ひとはき》
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