うはん》を登りつめた揚句《あげく》、この壕《ほり》の端《はた》まで来て一も二もなくこの深い溝《みぞ》の中に飛び込んだのである。担《にな》っている梯子《はしご》は壁に懸けるため、背負《しょ》っている土嚢《どのう》は壕を埋《うず》めるためと見えた。壕はどのくらい埋《うま》ったか分らないが、先の方から順々に飛び込んではなくなり、飛び込んではなくなってとうとう浩さんの番に来た。いよいよ浩さんだ。しっかりしなくてはいけない。
 高く差し上げた旗が横に靡《なび》いて寸断寸断《ずたずた》に散るかと思うほど強く風を受けた後《のち》、旗竿《はたざお》が急に傾いて折れたなと疑う途端《とたん》に浩さんの影はたちまち見えなくなった。いよいよ飛び込んだ! 折から二竜山《にりゅうざん》の方面より打ち出した大砲が五六発、大空に鳴る烈風を劈《つんざ》いて一度に山腹に中《あた》って山の根を吹き切るばかり轟《とどろ》き渡る。迸《ほとば》しる砂煙《すなけむり》は淋《さび》しき初冬《はつふゆ》の日蔭を籠《こ》めつくして、見渡す限りに有りとある物を封じ了《おわ》る。浩さんはどうなったか分らない。気が気でない。あの煙の吹いている
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