ても浩さんなら大丈夫、人の目に着くにきまっていると思っていた。だから蠢めいているなどと云う下等な動詞は浩さんに対して用いたくない。ないが仕方がない。現に蠢めいている。鍬《くわ》の先に掘《ほ》り崩《くず》された蟻群《ぎぐん》の一匹のごとく蠢めいている。杓《ひしゃく》の水を喰《くら》った蜘蛛《くも》の子のごとく蠢めいている。いかなる人間もこうなると駄目だ。大いなる山、大いなる空、千里を馳《か》け抜ける野分、八方を包む煙り、鋳鉄《しゅてつ》の咽喉《のんど》から吼《ほ》えて飛ぶ丸《たま》――これらの前にはいかなる偉人も偉人として認められぬ。俵に詰めた大豆《だいず》の一粒のごとく無意味に見える。嗚呼《ああ》浩さん! 一体どこで何をしているのだ? 早く平生の浩さんになって一番|露助《ろすけ》を驚かしたらよかろう。
黒くむらがる者は丸《たま》を浴びるたびにぱっと消える。消えたかと思うと吹き散る煙の中に動いている。消えたり動いたりしているうちに、蛇《へび》の塀《へい》をわたるように頭から尾まで波を打ってしかも全体が全体としてだんだん上へ上へと登って行く、もう敵塁だ。浩さん真先に乗り込まなければいけな
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