表するのみならず、広く人類一般の精神を代表している。人類の精神は算盤《そろばん》で弾《はじ》けず、三味線に乗らず、三|頁《ページ》にも書けず、百科全書中にも見当らぬ。ただこの兵士らの色の黒い、みすぼらしいところに髣髴《ほうふつ》として揺曳《ようえい》している。出山《しゅっせん》の釈迦《しゃか》はコスメチックを塗ってはおらん。金の指輪も穿《は》めておらん。芥溜《ごみだめ》から拾い上げた雑巾《ぞうきん》をつぎ合せたようなもの一枚を羽織っているばかりじゃ。それすら全身を掩《おお》うには足らん。胸のあたりは北風の吹き抜けで、肋骨《ろっこつ》の枚数は自由に読めるくらいだ。この釈迦が尊《たっと》ければこの兵士も尊《たっ》といと云わねばならぬ。昔《むか》し元寇《げんこう》の役《えき》に時宗《ときむね》が仏光国師《ぶっこうこくし》に謁《えっ》した時、国師は何と云うた。威《い》を振《ふる》って驀地《ばくち》に進めと吼《ほ》えたのみである。このむさくろしき兵士らは仏光国師の熱喝《ねっかつ》を喫《きっ》した訳でもなかろうが驀地に進むと云う禅機《ぜんき》において時宗と古今《ここん》その揆《き》を一《いつ》にし
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