ている。彼らは驀地に進み了して曠如《こうじょ》と吾家《わがや》に帰り来りたる英霊漢である。天上を行き天下《てんげ》を行き、行き尽してやまざる底《てい》の気魄《きはく》が吾人の尊敬に価《あたい》せざる以上は八荒《はっこう》の中《うち》に尊敬すべきものは微塵《みじん》ほどもない。黒い顔! 中には日本に籍があるのかと怪まれるくらい黒いのがいる。――刈り込まざる髯! 棕櫚箒《しゅろぼうき》を砧《きぬた》で打ったような髯――この気魄《きはく》は這裏《しゃり》に磅※[#「石+薄」、第3水準1−89−18]《ほうはく》として蟠《わだか》まり※[#「さんずい+亢」、第3水準1−86−55]瀁《こうよう》として漲《みなぎ》っている。
兵士の一隊が出てくるたびに公衆は万歳を唱《とな》えてやる。彼らのあるものは例の黒い顔に笑《えみ》を湛《たた》えて嬉《うれ》し気《げ》に通り過ぎる。あるものは傍目《わきめ》もふらずのそのそと行く。歓迎とはいかなる者ぞと不審気に見える顔もたまには見える。またある者は自己の歓迎旗の下に立って揚々《ようよう》と後《おく》れて出る同輩を眺《なが》めている。あるいは石段を下《くだ》る
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