いた。すべてが一瞬間の作用である。ぱっと射る稲妻の飽《あ》くまで明るく物を照らした後《あと》が常よりは暗く見えるように余は茫然《ぼうぜん》として地に下りた。
将軍の去ったあとは群衆も自《おのず》から乱れて今までのように静粛ではない。列を作った同勢の一角《いっかく》が崩《くず》れると、堅い黒山が一度に動き出して濃い所がだんだん薄くなる。気早《きばや》な連中はもう引き揚げると見える。ところへ将軍と共に汽車を下りた兵士が三々五々隊を組んで場内から出てくる。服地の色は褪《さ》めて、ゲートルの代りには黄な羅紗《らしゃ》を畳んでぐるぐると脛《すね》へ巻きつけている。いずれもあらん限りの髯《ひげ》を生《は》やして、出来るだけ色を黒くしている。これらも戦争の片破《かたわ》れである。大和魂《やまとだましい》を鋳《い》固《かた》めた製作品である。実業家も入《い》らぬ、新聞屋も入らぬ、芸妓《げいしゃ》も入らぬ、余のごとき書物と睨《にら》めくらをしているものは無論入らぬ。ただこの髯|茫々《ぼうぼう》として、むさくるしき事|乞食《こつじき》を去る遠からざる紀念物のみはなくて叶《かな》わぬ。彼らは日本の精神を代
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