ある。冒険の主人公たる当人ですらあまり馬鹿気ているので今日《こんにち》まで何人《なんびと》にも話さなかったくらい自《みずか》ら滑稽と心得ている。しかし滑稽とか真面目《まじめ》とか云うのは相手と場合によって変化する事で、高飛びその物が滑稽とは理由のない言草《いいぐさ》である。女がテニスをしているところへこっちが飛び上がったから滑稽にもなるが、ロメオがジュリエットを見るために飛び上ったって滑稽にはならない。ロメオくらいなところでは未《ま》だ滑稽を脱せぬと云うなら余はなお一歩を進める。この凱旋《がいせん》の将軍、英名|嚇々《かくかく》たる偉人を拝見するために飛び上がるのは滑稽ではあるまい。それでも滑稽か知らん? 滑稽だって構うものか。見たいものは、誰が何と云っても見たいのだ。飛び上がろう、それがいい、飛び上がるにしくなしだと、とうとうまた先例によって一蹴《いっしゅう》を試むる事に決着した。先《ま》ず帽子をとって小脇に抱《か》い込む。この前は経験が足りなかったので足が引力作用で地面へ引き着けられた勢に、買いたての中折帽《なかおれぼう》が挨拶《あいさつ》もなく宙返りをして、一間ばかり向《むこう》
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