ろうと言いだした。重吉は十円を五円に負けてくれと言ったが、自分は聞き入れないで、とうとうこっちの言い条どおり十円ずつ送らせることに取りきめた。
まもなく時間が来たので、自分はさっそくたって着物を着かえた。そうして俥《くるま》を命じて停車場《ステーション》へ急がした。重吉はむろんついて来た。けれども鞄《カバン》膝掛《ひざか》けその他いっさいの手荷物はすでに宿屋の番頭が始末をして、ちゃんと列車内に運び込んであったので、彼はただ手持《ても》ち無沙汰《ぶさた》にプラットフォームの上に立っていた。自分は窓から首を出して、重吉の羽二重の襟と角帯と白足袋を、得意げにながめていた。いよいよ発車の時刻になって、車の輪が回りはじめたと思うきわどい瞬間をわざと見はからって、自分は隠袋《かくし》の中から今朝《けさ》読んだ手紙を出して、おいお土産《みやげ》をやろうと言いながら、できるだけ長く手を重吉の方に伸ばした。重吉がそれを受け取る時分には、汽車がもう動きだしていた。自分はそれぎり首を列車内に引っ込めたまま、停車場《ステーション》をはずれるまでけっしてプラットフォームを見返らなかった。
うちへ帰っても、手
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