どうもすみません。――しかしまったく本気なんです」と言いながら、重吉は苦笑して頭をかいた。
 「あのこと」はそれで切り上げて、あとはまとまらない四方山《よもやま》の話に夜《よ》をふかした。せっかくだから二、三日|逗留《とうりゅう》してゆっくりしていらっしゃいと勧めてくれるのを断わって、やはりあくる日立つことにしたので、重吉はそんならお疲れでしょう、早くお休みなさいと挨拶して帰っていった。

    六

 あくる朝顔を洗ってへやへ帰ると、棚《たな》の上の鏡台が麗々と障子の前にすえ直してある。自分は何気なくその前にすわるとともに鏡の下の櫛《くし》を取り上げた。そしてその櫛をふくつもりかなにかで、鏡台のひきだしを力任せにあけてみた。すると浅い桐《きり》の底に、奥の方で、なにかひっかかるような手ごたえがしたのが、たちまち軽くなって、するすると、抜けてきたとたんに、まき納めてねじれたような手紙の端がすじかいに見えた。自分はひったくるようにその手紙を取って、すぐ五、六寸破いて櫛をふこうとして見ると、細かい女の字で白紙の闇《やみ》をたどるといったように、細長くひょろひょろとなにか書いてあるのに気が
前へ 次へ
全26ページ中19ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング