ついた。自分はちょっと一、二行読んでみる気になった。しかしこのひょろひょろした文字が言文一致でつづられているのを発見した時、自分の好奇心は最初の一、二行では満足することができなくなった。自分は知らず知らず、先に裂き破った五、六寸を一息《ひといき》に読み尽くした。そうして裂き残しの分へまでもどんどん進んでいった。こう進んでゆくうちにも、自分は絶えず微笑を禁じえなかった。実をいうと手紙はある女から男にあてた艶書《えんしょ》なのである。
 艶書だけに一方からいうとはなはだ陳腐には相違ないが、それがまた形式のきまらない言文一致でかってに書き流してあるので、ずいぶん奇抜だと思う文句がひょいひょいと出てきた。ことに字違いや仮名違いが目についた。それから感情の現わし方がいかにも露骨でありながら一種の型にはいっているという意味で誠がかえって出ていないようにもみえた。最も恐るべくへたな恋の都々一《どどいつ》なども遠慮なく引用してあった。すべてを総合して、書き手のくろうとであることが、誰《だれ》の目にもなにより先にまず映る手紙であった。どうせ無関係な第三者がひとの艶書のぬすみ読みをするときにこっけいの興味
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