、目下の経済事情が、とうてい暖かい家庭を物質的に形づくるほどの余裕をもっていないから、しばらくのあいだひとりでしんぼうするつもりでいたのだという弁解をしたうえ、最初の約束によれば、ことしの暮れには月給が上がって東京へ帰れるはずだから、その時は先さえ承知なら、どんな小さな家でも構えて、お静さんを迎える考えだと話した。もし事が約束どおりに運ばないため、月給も上がらず、東京へも帰れなかったあかつきには、その時こそ、先方さえ異存がなければ、自分の言ったようにする気だから、なにぶんよろしく頼むということもつけ加えた。自分は一応もっともだと思った。
「そうお前の腹がきまってるなら、それでいい。叔母《おば》さんも安心するだろう。お静さんのほうへも、よくそう話しておこう」
「ええどうぞ――。しかし僕の腹はたいてい貴方《あなた》がたにはわかってるはずですがねえ」
「そんなら、あんな返事をよこさないがいいよ。ただよろしく願いますだけじゃなんだかいっこうわからないじゃないか。そうして、あのはがきはなんだい、私はまだ道楽を始めませんから、だいじょうぶですって。本気だか冗談だかまるで見当がつかない」
「
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