持ちをつまらないなりに引きずるような態度で、煙草《たばこ》ばかり吹かしていた。そこへさっきの下女が襖《ふすま》をあけて、やっといらっしゃいましたと案内をした。そのあとから重吉が赤い顔をしてはいってきた。自分は重吉の赤い顔をこの時はじめて見た。けれども席に着いて挨拶《あいさつ》をする彼の様子といい、言葉数といい、抑揚《あげさげ》の調子といい、すべてが平生の重吉そのままであった。自分は彼の言語動作のいずれの点にも、酒気に駆られて動くのだと評してしかるべききわだった何物をも認めなかったので、異常な彼の顔色については、別にいうところもなく済ました。しばらくして彼は茶器を代えに来た下女の名を呼んで、コップに水を一ぱいくれと頼んだ。そうして自分の方を見ながら、どうも咽喉《のど》がかわいてと間接な弁解をした。
「だいぶ飲んだんだね」
「ええお祭りで、少し飲まされました」
赤い顔のことは簡単にこれで済んでしまった。それからどこをどう話が通ったか覚えていないが、三十分ばかりたつうちに、自分も重吉もいつのまにか、いわゆる「あのこと」の圏内で受け答えをするようになった。
「いったいどうする気なんだい
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