うに引張り出す、不平なるは力を出して上からウンと押して見るとギーと鳴る事なり、伏して惟《おもんみ》れば関節が弛《ゆる》んで油気がなくなった老朽の自転車に万里の波濤《はとう》を超《こ》えて遥々《はるばる》と逢いに来たようなものである、自転車屋には恩給年限がないのか知らんとちょっと不審を起してみる、思うにその年限は疾《と》ッくの昔に来ていて今まで物置の隅《すみ》に閑居静養を専《もっぱ》らにした奴に違ない、計らざりき東洋の孤客に引きずり出され奔命に堪《たえ》ずして悲鳴を上るに至っては自転車の末路また憐《あわれ》むべきものありだがせめては降参の腹癒《はらいせ》にこの老骨をギューと云わしてやらんものをと乗らぬ先から当人はしきりに乗り気になる、然るにハンドルなるもの神経過敏にてこちらへ引けば股にぶつかり、向へ押しやると往来の真中へ馳《か》け出そうとする、乗らぬ内からかくのごとく処置に窮するところをもって見れば乗った後の事は思いやるだに涙の種と知られける、
「どこへ行って乗ろう」「どこだって今日初めて乗るのだからなるたけ人の通らない道の悪くない落ちても人の笑わないようなところに願いたい」と降参人なが
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