さい
[#ここで字下げ終わり]
ああ悲いかなこの自転車事件たるや、余はついに婆さんの命に従って自転車に乗るべく否自転車より落るべく「ラヴェンダー・ヒル」へと参らざるべからざる不運に際会せり、監督兼教師は○○氏なり、悄然《しょうぜん》たる余を従えて自転車屋へと飛び込みたる彼はまず女乗の手頃なる奴《やつ》を撰《えら》んでこれがよかろうと云う、その理由いかにと尋ぬるに初学入門の捷径《しょうけい》はこれに限るよと降参人と見てとっていやに軽蔑《けいべつ》した文句を並べる、不肖《ふしょう》なりといえども軽少ながら鼻下に髯《ひげ》を蓄えたる男子に女の自転車で稽古《けいこ》をしろとは情ない、まあ落ちても善いから当り前の奴でやってみようと抗議を申し込む、もし採用されなかったら丈夫玉砕瓦全を恥ずとか何とか珍汾漢《ちんぷんかん》の気※[#「(諂−言)+炎」、第3水準1−87−64]《きえん》を吐こうと暗に下拵《したごしらえ》に黙っている、とそれならこれにしようと、いとも見苦しかりける男乗をぞあてがいける、思えらく能者筆を択《えら》ばず、どうせ落ちるのだから車の美醜などは構うものかと、あてがわれたる車を重そ
前へ
次へ
全20ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング