りで、初学者たる余にとっては難透難徹の難関である、今しも余の自転車は「ラヴェンダー」坂を無難に通り抜けて、この四通八達の中央へと乗り出す、向うに鉄道馬車が一台こちらを向いて休んでいる、その右側に非常に大なる荷車が向うむきに休んでいる、その間約四尺ばかり、余はこの四尺の間をすり抜けるべく車を走らしたのである、余が車の前輪が馬車馬の前足と並んだ時、すなわち余の身体《からだ》が鉄道馬車と荷車との間に這入《はい》りかけた時、一台の自転車が疾風のごとく向《むこう》から割り込んで来た、かようなとっさの際には命が大事だから退却にしようか落車にしようかなどの分別は、さすがの吾輩にも出なかったと見えて、おやと思ったら身体はもう落ちておった、落方が少々まずかったので、落る時左の手でしたたか馬の太腹を叩《たた》いて、からくも四這《よつばい》の不体裁を免《まぬ》がれた、やれうれしやと思う間もなく鉄道馬車は前進し始める、馬は驚ろいて吾輩の自転車を蹴飛《けとば》す、相手の自転車は何喰わぬ顔ですうと抜けて行く、間《ま》の抜《ぬけ》さ加減は尋常一様にあらず、この時|派出《はで》やかなるギグに乗って後ろから馳《か》け来
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