たのさ、今までの態度を維持すれば衝突するばかりだろう、余の主義として衝突はこちらが勝つ場合についてのみあえてするが、その他負色の見えすいたような衝突になるといつでも御免蒙るのが吾家伝来の憲法である、さるによってこの尨大《ぼうだい》なる荷車と老朽悲鳴をあげるほどの吾が自転車との衝突は、おやじの遺言としても避けねばならぬ、と云って左右へよけようとすると御両君のうちいずれへか衝突の尻をもって行かねばならん、もったいなくも一人は伯爵の若殿様で、一人は吾が恩師である、さような無礼な事は平民たる我々|風情《ふぜい》のすまじき事である、のみならず捕虜の分際として推参な所作と思わるべし、孝ならんと欲すれば礼ならず、礼ならんと欲すれば孝ならず、やむなくんば退却か落車の二あるのみと、ちょっとの間に相場がきまってしまった、この時事に臨んでかつて狼狽《ろうばい》したる事なきわれつらつら思うよう、できさえすれば退却も満更《まんざら》でない、少なくとも落車に優《まさ》ること万々なりといえども、悲夫|逆艪《さかろ》の用意いまだ調《ととの》わざる今日の時勢なれば、エー仕方がない思い切って落車にしろ、と両車の間に堂と落
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