日来の手痛き経験と精緻《せいち》なる思索とによって余は下の結論に到着した
[#ここから2字下げ]
自転車の鞍《くら》とペダルとは何も世間体を繕《つくろ》うために漫然と附着しているものではない、鞍は尻をかけるための鞍にしてペダルは足を載せかつ踏みつけると回転するためのペダルなり、ハンドルはもっとも危険の道具にして、一度《ひとた》びこれを握るときは人目を眩《くらま》せしむるに足る目勇《めざま》しき働きをなすものなり
[#ここで字下げ終わり]
かく漆桶《しっとう》を抜くがごとく自転悟を開きたる余は今例の監督官及びその友なる貴公子某伯爵と共に※[#「金+(鹿/れっか)」、第3水準1−93−42]《くつわ》を連《つら》ねて「クラパムコンモン」を横ぎり鉄道馬車の通う大通りへ曲らんとするところだと思いたまえ、余の車は両君の間に介在して操縦すでに自由ならず、ただ前へ出られるばかりと思いたまえ、しかるに出られべき一方口が突然|塞《ふさが》ったと思いたまえ、すなわち横ぎりにかかる塗炭《とたん》に右の方より不都合なる一輛《いちりょう》の荷車が御免《ごめん》よとも何とも云わず傲然《ごうぜん》として我前を通っ
前へ
次へ
全20ページ中13ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング