やく一方の活路を開くや否や「いえ、あの辺の道路は実に閑静なものですよ」とすぐ通せん坊をされる、進退《しんたい》これきわまるとは啻《ただ》に自転車の上のみにてはあらざりけり、と独《ひと》りで感心をしている、感心したばかりでは埒《らち》があかないから、この際|唯一《ゆいいつ》の手段として「しかし」をもう一遍|繰《く》り返《かえ》す「しかし……今度の土曜は天気でしょうか」旗幟《きし》の鮮明ならざること夥《おびただ》しい誰に聞いたって、そんな事が分るものか、さてもこの勝負男の方負とや見たりけん、審判官たる主人は仲裁乎《ちゅうさいこ》として口を開いて曰《いわ》く、日はきめんでもいずれそのうち私が自転車で御宅へ伺いましょう、そしていっしょに散歩でもしましょう、――サイクリストに向っていっしょに散歩でもしましょうとはこれいかに、彼は余を目してサイクリストたるの資格なきものと認定せるなり
 このうつくしき令嬢と「ウィンブルドン」に行かなかったのは余の幸であるかはた不幸であるか、考うること四十八時間ついに判然しなかった、日本派の俳諧師《はいかいし》これを称して朦朧体《もうろうたい》という
 忘月忘日 数
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