つ、折しも余を去る事二間ばかりのところに退屈そうに立っていた巡査――自転車の巡査におけるそれなお刺身のツマにおけるがごときか、何ぞそれ引き合に出るのはなはだしき――このツマ的巡査が声を揚げてアハ、アハ、アハ、と三度笑った。その笑い方苦笑にあらず、冷笑にあらず、微笑にあらず、カンラカラカラ笑にあらず、全くの作り笑なり、人から頼まれてする依托笑なり、この依托笑をするためにこの巡査はシックスペンスを得たか、ワン・シリングを得たか、遺憾《いかん》ながらこれを考究する暇がなかった、
 へんツマ巡査などが笑ったってとすぐさま御両君の後を慕って馳《か》け出す、これが巡公でなくって先日の御娘さんだったらやはりすぐさま馳け出されるかどうだかの問題はいざとならなければ解釈がつかないから質問しない方がいいとして先へ進む、さて両君はこの辺の地理不案内なりとの口実をもって覚束《おぼつか》なき余に先導たるべしとの厳命を伝えた、しかるに案内には詳《くわ》しいが自転車には毫《ごう》も詳しくないから、行こうと思う方へは行かないで曲り角へくるとただ曲りやすい方へ曲ってしまう、ここにおいてか同じ所へ何返《なんべん》も出て来
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