、何しろあれは英国人の平生の態度ではないようです。名画を破る、監獄《かんごく》で断食《だんじき》して獄丁《ごくてい》を困らせる、議会のベンチへ身体《からだ》を縛《しば》りつけておいて、わざわざ騒々《そうぞう》しく叫び立てる。これは意外の現象ですが、ことによると女は何をしても男の方で遠慮するから構わないという意味でやっているのかも分りません。しかしまあどういう理由にしても変則らしい気がします。一般の英国気質というものは、今お話しした通り義務の観念を離れない程度において自由を愛しているようです。
 それで私は何も英国を手本にするという意味ではないのですけれども、要するに義務心を持っていない自由は本当の自由ではないと考えます。と云うものは、そうしたわがままな自由はけっして社会に存在し得ないからであります。よし存在してもすぐ他から排斥《はいせき》され踏《ふ》み潰《つぶ》されるにきまっているからです。私はあなたがたが自由にあらん事を切望するものであります。同時にあなたがたが義務というものを納得せられん事を願ってやまないのであります。こういう意味において、私は個人主義だと公言して憚《はばか》らない
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