つもりです。
 この個人主義という意味に誤解があってはいけません。ことにあなたがたのようなお若い人に対して誤解を吹《ふ》き込《こ》んでは私がすみませんから、その辺はよくご注意を願っておきます。時間が逼っているからなるべく単簡に説明致しますが、個人の自由は先刻お話した個性の発展上極めて必要なものであって、その個性の発展がまたあなたがたの幸福に非常な関係を及《およ》ぼすのだから、どうしても他に影響のない限り、僕《ぼく》は左を向く、君は右を向いても差支ないくらいの自由は、自分でも把持《はじ》し、他人にも附与《ふよ》しなくてはなるまいかと考えられます。それがとりも直さず私のいう個人主義なのです。金力権力の点においてもその通りで、俺《おれ》の好かないやつだから畳んでしまえとか、気に喰《く》わない者だからやっつけてしまえとか、悪い事もないのに、ただそれらを濫用《らんよう》したらどうでしょう。人間の個性はそれで全く破壊《はかい》されると同時に、人間の不幸もそこから起らなければなりません。たとえば私が何も不都合を働らかないのに、単に政府に気に入らないからと云って、警視総監《けいしそうかん》が巡査《じゅ
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