釣と兄の性質とはぴたりと合ってその間に何の隙間もないのでしょうが、それはいわゆる兄の個性で、弟とはまるで交渉《こうしょう》がないのです。これはもとより金力の例ではありません、権力の他を威圧する説明になるのです。兄の個性が弟を圧迫《あっぱく》して無理に魚を釣らせるのですから。もっともある場合には、――例えば授業を受ける時とか、兵隊になった時とか、また寄宿舎でも軍隊生活を主位におくとか――すべてそう云った場合には多少この高圧的手段は免《まぬ》かれますまい。しかし私はおもにあなたがたが一本立《いっぽんだち》になって世間へ出た時の事を云っているのだからそのつもりで聴いて下さらなくては困ります。
 そこで前申した通り自分が好いと思った事、好きな事、自分と性の合う事、幸にそこにぶつかって自分の個性を発展させて行くうちには、自他の区別を忘れて、どうかあいつもおれの仲間に引《ひ》き摺《ず》り込んでやろうという気になる。その時権力があると前云った兄弟のような変な関係が出来上るし、また金力があると、それをふりまいて、他《ひと》を自分のようなものに仕立上げようとする。すなわち金を誘惑の道具として、その誘惑の
前へ 次へ
全53ページ中33ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング