の光明を投げ与《あた》える事ができる。――こう私はその時始めて悟ったのでした。はなはだ遅《おそ》まきの話で慚愧《ざんき》の至《いたり》でありますけれども、事実だから偽《いつわ》らないところを申し上げるのです。
私はそれから文芸に対する自己の立脚地《りっきゃくち》を堅《かた》めるため、堅めるというより新らしく建設するために、文芸とは全く縁《えん》のない書物を読み始めました。一口でいうと、自己本位という四字をようやく考えて、その自己本位を立証するために、科学的な研究やら哲学的《てつがくてき》の思索《しさく》に耽《ふけ》り出したのであります。今は時勢が違いますから、この辺の事は多少頭のある人にはよく解せられているはずですが、その頃は私が幼稚《ようち》な上に、世間がまだそれほど進んでいなかったので、私のやり方は実際やむをえなかったのです。
私はこの自己本位という言葉を自分の手に握《にぎ》ってから大変強くなりました。彼《かれ》ら何者ぞやと気慨《きがい》が出ました。今まで茫然《ぼうぜん》と自失していた私に、ここに立って、この道からこう行かなければならないと指図《さしず》をしてくれたものは実にこ
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